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終戦の日 護国神社のお話

2019/08/15
 
この記事を書いている人 - WRITER -
森さん
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今日は、この時期ですので護国神社のお話です。

この時期ぐらいは、過去の戦争で亡くなった方々のことを考えてみたいなと僕は思っています。今僕は広島に住んでいるので特にテレビでもこの時期、原爆の話とかよく放送されるんです。僕のお爺ちゃんも広島に原爆が落ちた次の日に人々の救護のため広島市に入っているので一応被爆者でした。原爆手帳も持ってました。

日本全国にある護国神社は戦争で亡くなられた人たちをお祀りしています。

写真は福山の護国神社です。

こちらの福山の護国神社には戦争で亡くなった英霊たちと福山の歴代藩主が祀られています。第二次大戦の戦争の遺品の飛行機のプロペラ等も祀られています。戦争で亡くなった方はどんな気持ちで戦いに参加したんでしょうか?この前の戦争なんかでは、敵の爆撃機が毎日のように日本のどこかに空襲にやってきていて、敵の爆撃機は当時の日本の戦闘機が到達できない高度から悠々と爆撃を繰り返しました。日本軍は満足に反撃も出来ないような状態で、絶対に勝てないと分かっていても戦い続けなければなりませんでした。

その中で爆弾を積んだ粗末な戦闘機で、敵の戦艦に体当たりする特攻というバカげた作戦も実行されました。特攻に参加したのは16歳やそこらの少年兵が多くいました。彼らは何のために死んでいったのでしょう?彼らの手記が残されています。その少年や青年たちは自分たちが死んでも、この国に残された自分の家族や愛する人、やがてこの国に生まれてくるであろう未来の日本人のために死んでいきました。本音を言えば、きっと行きたくないなかったと思います。こんな時代に生まれた事を恨んだでしょう。ただ、あらがえない運命を背負い、死んでいきました。2度とこんな時代が来ない事を望んで死んで行ったと思います。

重い爆弾を積んで動きの遅い粗末な飛行機で、敵の砲撃の中を突っ込んでいく気持ちはどんなものだったのでしょう?考えてみれば飛行機を操縦するのだって慣れていないような10代の少年兵もたくさんいたのです。恐怖でいっぱいだったでしょう。日本に帰って家族と平和な日を過ごしたかったでしょう。それでも敵の対空砲の大音響の爆発の中、自分を狙い撃ちしてくる機銃の中を敵めがけて飛んで行ったのです。家族や愛する人、未来の日本を守るために。

彼らは今の日本に生きる僕たちを守るために死んでいきました。

せめてこの時期だけでも彼らの事を思い出して、彼らに感謝したいと思います。そして日本の事を思って死んでいった彼らの思いを受け継ぎたいと思います。

当時の特攻隊員の手記について下のユーチューブで見てみて下さいね。

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