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当たる四柱推命 橋田寿賀子さんの命式

 
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森さん
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今回は橋田寿賀子さんの命式を見てみたいと思います。

橋田寿賀子さんは「渡る世間は鬼ばかり」「おしん」「おんな太閤記」「春日局」などを等を書かれた有名な脚本家です。2021年に95歳でお亡くなりになられましたが、晩年までとても元気でテレビに出られていて、優しそうな雰囲気で面白いことを言ったり、にこやかな表情がとても印象的な人でした。

では橋田寿賀子さんの命式です。

  • 年柱 乙 丑 劫財 冠帯
  • 月柱 辛 巳 正官 病
  • 日柱 甲 午    死

橋田寿賀子さんの日干です。甲の人はまっすぐで向上心が強く、理想主義です。曲がったことが大嫌いで責任感が強く堅実で真面目です。ただすこし短気な所があり自分だけの正義感で突っ走ってしまうところもありますのでそこは注意した方が良いかもしれません。日干甲の他の有名人は石原慎太郎さん、松本人志さん、浜田雅功さん、東野幸治さん、田中裕二さん(爆笑問題)、岡村隆史さん、陣内智則さん、田村淳さん(ロンブー)、田島陽子さん、上沼恵美子さん、藤原紀香さん、ローラさん、倉木麻衣さん、中川翔子さん、東ちずるさん等です。

通変劫財正官です。性格をより表す月柱は正官です。正官の人はエリート志向で真面目な方です。サラリーマンなら出世していく人です。権威や権力に興味がありますし、ブランドに弱いです。人には堅苦しさを与える事もあるかもしれません。年柱は劫財です。劫財の人は自我意識が強く、自分の意見をはっきりと言えます。また、仲間意識も強く年齢や肩書を問わず誰とでも友達のように接する事が出来ます。また、ハイリスクハイリターン的な生き方をしがちです。豪快な部分も出ます。

12運冠帯、病、死です。月柱にはがあります。病の人はとにかくこだわりが強いです。1つの事にとても固執します。橋田さんのような脚本家、作家にとってはこの病はとても良い方向に働くと思いますが、本人にとっては細かい事にもこだわってしまってしんどい事も多いかもしれません。年柱は冠帯です。冠帯の人は活動的で少し派手好きです。ポジティブ思考でけんかっ早い事子もあります。日柱のは心配症です。マイナス思考になりがちです。橋田さんはポジティブな冠帯とマイナス思考の死がありますので、複雑な所を持っているとも言えますし、どちらの気持ちもわかるので、作家さんや脚本家さんにとってもこれもプラスに働くように思います。

橋田寿賀子さんの大運の巡り

橋田さんの立運は9歳の年です。最初の大運は偏印です。偏印の時期には芸術や芸能、音楽に才能を発揮しますし、興味ももちます。アイデアも人には出ないような面白いアイデアも出ますし、少し変わった人と思われることもあると思います。

1944年19歳の年に大運は印綬になります。印綬の時期には学問や研究に才能を発揮しますし、興味も持ちます。伝統的なものに縁がありますし興味も持ちます。橋田さんは子供の頃も偏印ですし19歳からの大運も印綬で印の大運を過ごしています。なのでこの間に芸術関係の物や芸能についてもとても興味を持ったでしょうし、才能もこの頃に培ったのではないかと思います。実際橋田さんは日本女子大学文学部を卒業されています。その後学者を夢見て東京大学も受験していますが、落ちてしまい、早稲田大学の第二文学部に入っています。この早稲田大学時代に演劇等に触れたようです。その後は松竹株式会社に入社し脚本部というのがあったそうなのですが(今もあるのかは知りません)そこで映画の脚本を作る仕事をしていたそうです。

1954年29歳の年に大運は比肩になります。比肩の時期には自我意識が強く作用しますので自分の意見をはっきりと言えるようになります。なので人から命令されるのも嫌いですし、自分の意見を重視しますので人と付き合うのもめんどくさくなり、一人での行動は増えます。比肩は独立や別れも表しますので、サラリーマンなら独立したりすることも多い時期です。この大運の中で大運の通り橋田さんは1959年に松竹を辞め独立します。しかし初めの3年間はテレビで脚本を採用されることは無かったそうです。この時期は小説や漫画原作等を書いて過ごされていたらしいです。

1964年39歳の年に大運は劫財になります。劫財の時期も比肩と同じく自我意識が強く働きますので自分の意見をはっきりと言えます。また、この時期には仲間意識も強くなりますし、仲間も出来やすいです。年齢肩書を問わず誰とでも仲良くなれるような時期です。大運の変わり目の年にはその人にとって大きな出来事が起きやすいですが、橋田さんもこの大運の切り替わりの1964年に「袋を渡せば」でようやくデビュー出来ました。同じ年に「愛と死をみつめて」(実在の高校時代から大学生時代の男女の実際の文通を書籍化したものですが、女の子の方は病気で若くしてこの世を去ってしまいます)を脚本化してこのドラマがテレビで放映されとても反響を呼びました。この後橋田さんは大作家へと上り詰めていきます。1965年には当時の大人気ドラマで森光子さんや堺正章さんが出演していた「時間ですよ」の脚本も書いておられます。1966年には結婚されていますが、この年は食神です。食神は男女とも結婚に縁がある年です。

1974年49歳の年に大運は食神になります。食神の時期には金運も対人運もよく、楽しく過ごせる時期になります。食神は衣食住に困らない星とされ、困ったことがあったとしても誰かに助けられると言います。この時期にはマイペースさが強く出ますので、あまり忙しい生活には向きません。この時期には「おんなの家」というホームドラマを書いておられました。この作品はシリーズ化されその後の「渡る世間は鬼ばかり」のように何度も数年にわたって別シリーズで放送されています。1983年にはNHKで放送されている朝ドラの「おしん」が放送されました。この作品は知る人も多いでしょうが、平均視聴率52、6%というとんでもない視聴率をたたき出した番組です。このドラマは海外でも高い評価を得ていますし、視聴率もやはりすごいです。シンガポールでは早くも1984年に放送されましたが、視聴率80%と越えたそうです。中国でも放送され高い人気を得ました。もちろん脚本も素晴らしいのですが、食神の時期ですのでやはり運勢も味方にしたのかもしれません。また、この「おしん」は1983年から1984年の大運の切り替わりの年に放送されましたが、大運の切り替わりの時期に大きな出来事は起きますが、これも大きな出来事と呼んでも良いような大ヒットでした。

1984年59歳の年に大運は傷官になります。傷官の時期には感受性がとても高まりますので誰かのちょっとした一言にもイラっとしたり反抗的な態度に出やすくなります。また、感性が研ぎ澄まされますので細やかな仕事や、文才、職人的な仕事にとても才能を発揮します。橋田さんはこの大運は命式と相性が良くない部分もありますので少し凶作用も出ます。感情的になりすぎる所もある大運です。この大運の中では代表作として知られる1989年大河ドラマの「春日局」を書かれています。そしてTBSの「渡る世間は鬼ばかり」は1990年から放送が開始され、以降シリーズ化され2011年まで新しいシリーズが毎年放送されていました。その後も何年かおきに特別番組として放送され最近では2019年の3時間スペシャルが放送されました。もともと才能のある方でしたが、この傷官の時期には文才をはじめとする芸事などにとても強い時期です。橋田さんの代表作のいくつかはこの時期に生まれています。

1994年69歳の年に大運は偏財になります。偏財の時期には運気はとても良くなり、活動的にもなる時期です。金運や対人運、異性運もよく楽しく過ごせる時期です。色んなことにチャレンジしますし、成功の確率も高いです。この時期も橋田さんは「渡る世間は鬼ばかり」などを書いたりテレビドラマの脚本をいくつもこなしていました。私生活の情報は少ないのですが、この時期には色々楽しく過ごされていたのではないかと思います。

2004年79歳の年に大運は正財になります。正財の時期も偏財の時期と同じく運気的にはとても良い時期です。この正財は保守的な部分が強く出ますので、あまりたくさんの人とわいわいやるよりも気の合う仲間数人と楽しく過ごしたりします。この大運は橋田さんの命式との相性がとても悪い大運ですので、運気的には良いものとは言えません。元々の正財の大運自体が運勢の良い大運なので、少しは凶作用も薄らぐのかもしれませんが、橋田さんにとってはこの大運が一番相性の悪い大運でした。この時期には橋田さんはやはりテレビドラマの脚本を複数書いていました。

2014年89歳の年に大運は偏官になります。偏官の時期にはストイックさがとても強く出ます。何に対してでも頑張りすぎるぐらい頑張りますし、挑戦心はとても強くなります。危ない橋があっても平気で渡ってしまったりするので怪我は多くなる時期です。この時期には仕事の本数自体は少なくなっていましたが、それでもこのお年でもお仕事を頑張ってされていました。この時期にはバラエティ番組などに出演されることも多く、楽しそうにお仕事をされていたのを覚えています。

橋田寿賀子さんの命式と大運の巡りを見てきましたが、橋田さんの命式は日干の正義感の強い所と通変劫財正官の真面目なんだけど豪快な一面があり、自分の意思ははっきりと伝えると言った事、また、誰とでも友達のように接する、言い方を変えれば誰とでも対等に接することが出来るというところは私生活でもそうですが、作品の中にも出ていたように思います。大運の方では子供時代から20代まで印の星でしたので、この多感な時期に色々芸能や芸術の腕前を上げたんだろうなと推測できます。印の星は芸術や芸能にとても強くなりますし、この時期にその才能を磨かれたのだろうと思います。その後比肩の大運の時期に比肩の意味の一つでもある独立をされていますし、比肩は頭の回転も速くなりますので、結果も出やすかったのではないかと思います。この比肩も次の劫財も橋田さんの命式との相性も悪くありませんでしたので、仕事も私生活も良い方向に進んでいたと思います。劫財の時期には時間ですよなどのヒットで人脈も出来たのではないかと思います。劫財の時期には仲間に恵まれますし、積極的に仲間を増やすと良いです。続く食神の時期には「おしん」が放送されとてつもないヒットを飛ばします。そのあとも作家さんにはとても良い大運傷官ですし、運勢自体がとても強い偏財、本来は良い運勢ですが橋田さんにとっては相性の悪かった正財が続きます。

橋田さんは日干ですし、通変正官がありますので本来は真面目な大人しい優等生的なところが強く出そうな命式ですが、日柱の劫財がとても良い働きをしたのかなと思います。この劫財は自分の意見ははっきり言えますし、ちゃんと喧嘩も出来る星です。当時は男性社会でしたから、この劫財の強さというのは、男性社会で戦っていくには重要な星だったように思います。この劫財は12運の日柱に冠帯があり、とても強いです。また、劫財は仲間も増やす事が出来ます。大運の方は先述した通り子供時代から20代まで印の星で芸術芸能関係は若い頃に磨かれたと思います。その後はとても運勢の良い大運とは食神までは巡り合いませんでしたが、そこそこ良い大運の中で過ごしましたので、とても良いとまでは言えませんが努力した分だけは帰ってくるような波風の少ない時期をずっと過ごされていたように見えます。この時期の努力が子供の頃から磨かれていた才能の実を結んだと言えると思います。

橋田寿賀子さんはとても良い脚本や原作をたくさん世に送り出してくれました。たくさんの人が橋田さんのドラマで笑い、泣き、感動しました。色んな家庭にたくさんの話題を提供され、楽しいひと時を与えてくれて、さみしさや苦しさにあえいでいる人たちにもホッとするひと時を与えてくださいました。偉大なる大先生を失いさみしいですが、先生の作品たちは次なる大作家を目指す人たちに大きな力を与えてくれるものと思います。

それではこの辺で。

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